臨場感を得る訓練の風景

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臨場感とは「その場にいるような感覚」である。
「臨場感2.0」(にーてんゼロ)とは「その情報(場)を「観て」いる(或いは共有している様な)感覚」である。
「観る」とは、観察しているということで、「見る」よりも抽象度の高い概念という意味です。
普段の感覚で、五感を使って「感じる」よりも、もっと繊細に抽象度をあげて「観じる」という感覚です。
気とは、情報です。
無意識に見過ごしていた情報を汲み取るように、雰囲気を含めて時空以外、時空を包摂する情報空間を全体的にぼんやりと眺める感じです。
この情報空間の感覚を「臨場感2.0」と呼びます。
優秀な(というと語弊があり過ぎですが)気功師は、この「臨場感2.0」を観ています。
僕(決して優秀であるとは言えませんが)は、気の玉の中に「かげろう」の様な「ゆらゆら」としたものが見えます。
「メラメラと」した空気中の「熱感やエネルギー感」のような感覚です、、、。
ある時は、白いもやのようなものだったり、「ピリピリ」「パシッパシッ」とした小さな稲妻のいうな火花のようだったりもします。
これは物理的なものではありません。(と言っても物理も情報なのですが。)
網膜には写っていないものです。
しかし、「気」が視覚野にマッピングされるのです。
見えるかどうか、いやあたかも見えたような認知をするかどうかは、カーネマン(ブログ内検索やGoogleでダニエル・カーネマンを確認下さい。)のいうSystem1、直感に落とし込めているかがカギです。
共感覚トレーニング訓練で(ある意味その先のゴールがあれば)、得られるものです。
少なくとも、僕の経験からそう考えています。
コツはゴールに対して真摯にポジティブに、現状に対しては「これで良い」という「満足」感と「全然できていない」という「絶望」の感覚が常に混在しながら、手探りで暗闇を進んでいく感覚です。
刻一刻と感じる「わずかな変化率」をフィードバックする事です。
自転車や歌、ダンスなど須らく全てのトレーニングのコツですね。
「wantto」のゴールに向かう道は、全てが薔薇色ではありません。
寧ろ、イバラノミチを感じる中で時折、わずかな光の中に感じる薔薇の色や形や香りをたまに感じるくらいです。
閑話休題。
そうなれば、視覚野が発火して、より臨場感をもってマッピングされています。
そして、気の玉の感覚は熱などの触覚です。
まさワークスでは、この二つ以上にまたがる感覚を操作できるようになるための道具を「気功」と言うストーリーと位置付けているのです。
安易にスピリチュアルに傾倒するとスタートから【自然のエネルギー】やら【天使のエネルギー】などといかにも人をバカにしたような説明で、ごまかされます。
気をつけて。
ロジックを丁寧に繋ぐことです。
^o^
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