どうしてゴール設定に躊躇してしまうのでしょうか?

「何でゴール設定に躊躇するのかな?」

さて、どうしてでしょうか?

クライアントさんからフィードバックをいただきました。

(引用開始)

まさ先生

こんにちは
遠隔ライブありがとうございました。

先生のヒーリングライブは「美」がデフォルトのようで、朝鏡を見るとニヤっとしてしまいます( ̄+ー ̄)

早速ですが、遠隔のFBです。

はっきりとした気感はなかったのですが、
体が重く感じました。

その日は一つの出会いが終わり、
何となく虚無感がありました。

なので遠隔が始まる時間になっても
心ここにあらずのような感じではありました。

こんな状態で遠隔を受けるのとどうなるのか楽しみで、静かに横になっていました。

いろんなものが削ぎ落とされていく中で
いよいよこれもか~と思いましたが、
離れて行くものを繋ぎ止める所以もなく

執着する気持ちがないとはいえないのですが、
それよりそれを淡々と見つめ受け入れ、
いずれは忘却の彼方へ行くのだろうなぁ~と
まるで他人事のように見ていました。

9月の自分からは想像もつかない今の自分です。
揺れる気持ちがあるにはありますが。

より自分の世界を見つめている感じがあります。

いろんなものに洗脳されていたし、
まだ気がつかない洗脳もあるんだろう。

気づくには現状の外側のゴールを意識し、
ブログや動画を繰り返し見たり、知識を入れることをやり続ける。

私は寝てるのかな起きているのかな?

脱洗脳と金持脳だったな、、、(遠隔気功のテーマです。)

何でゴール設定に躊躇するのかな?

遠隔中はこんなことが頭に浮かんできては消えていきました。
いつの間にか寝落ちしましたが、
朝はスッキリ目覚められました。

取り急ぎ、ご報告まで!

ありがとうございました(^^)

(引用終了)

 

僕からの返信です。少し解説用に編集してますが、ほぼ彼女への返信通りです。

 

「何でゴール設定に躊躇するのかな?」
疑問としてはいいですよね。

そうありたいから。ですね。ホメオスタシスのようですね。

苫米地博士による般若心経のマントラの解説では、このマントラは
「空のアルゴリズム」についてよく表されているとおっしゃっています。

「ぎゃーてー ぎゃーてー はらぎゃーてー はらそうぎゃーてー」の部分ですね。

I shall, ( let me ) be,
I shall ( let me ) be, let not let me be,
let me must not be,
so therefore,
I shall ( let me ) be.

とありたい、とありたい、
とありたくないとありたい、
からこそとありたい、
それで
とあるのだ。

です。

さらに要約すると、

ありたくないとありたいからこそあるのだ

I shall ( let me ) be, let not let me be, so therefore,
I shall ( let me ) be.

 

現代文風に(?)解説をすれば、
=====================
あなたが、「そのような状態になりたくない」と思っている状態でいたいから、
そうなっているんですよ。』
=====================

臨場感が強ければ、その可能性世界、宇宙が生み出されます。

認知科学のパラダイムです。

無意識の世界です。べったりとした希薄な(ややわかりにくい表現ですが)「意識」は、私たちの(無意識の)ゴールへ向かう足を引っ張ることくらいしかしていません。

いや、無意識にもホメオスタシスという、現状維持のための機能はありますが。

自我をアプリオリとしてしまうとアウトということです。
ここから、抜け出ましょう。

自我はない。固定された自我はないのです。

あ、道徳的にとかそんなこと考えなくていいです。良い悪いとかじゃないです。

脳の癖かー!(笑)で終わりでいいです。錯視と同じシステムですね。

認知エラーです。つまり、ノーベル賞学者のカーネマンがいうシステム1です、
直感でもいいですね。(懐かしい笑)。

内部表現とは、自分も含めた外部の宇宙全てを包摂します。

つまり、中の中とは外側を包摂するのです。

自分の脳の中の情報空間の中に外側があります。

だって、あなたが宇宙のことを考えているのは脳の中ですよね。
そして、宇宙の外のことを考えたとしたらそれも脳の中です。

つまり、大周天をして、宇宙の外側まで行ってきたと
いう人も物理的にはもちろん、部屋から一歩も出ていないということです。

意識、情報空間で体験したと思ったという事実は
つまり臨場感の高い妄想、空想、瞑想であるということです。

これと繋がってくる考えは。

・自分自身を観ると自由になれる。
・自分の在るところが見えるともっと自由になれる

でしたね。

「脳と心の洗い方」(苫米地英人著)を参照ください。(あとがきかな。)

観自在菩薩でしたね。観自在のところを2通りに解釈するんでしたね。

「自分の在るところを見る」と、「自由自在に観
る」ということが、瞑想です。

「そうだった!見えたものは操作ができる」と、ここは軽々と抽象度をあげることです。

瞑想、瞑想です。

空のアルゴリズムの理解のコツとは、「常に一つ上がある」ということです。

抽象度のはしごには、終わりがありません。

そして、あなたのフィードバックの、この疑問にもどります。

「何でゴール設定に躊躇するのかな?」

まず、最初に頭の浮かぶ疑問としてはいいですよね。

はい。

しかし、脳への質問は抽象度をあげてください。

難しいかもしれませんが、例えばよいことが起こる方向に焦点をあてます。

本気で良くなることへの準備を始める感じです。
伝わるといいと思いますが。

「よい質問とは、それ自体がゴールです。」(アインシュタインでしたよね。)

それでは、こんな質問はどうでしょうか?

「もしも、自由にサクサクとゴールを設定をして
どんどん更新をしていったとしたらどうなるんだろうか?」

です。

天才の質問術です。

脳に質問を投げかけて待つことです。
忘れることです。

考えるのは?計算するのは?誰?何?

考えてくださいね。

 

==================

この ぶしんょうも、かんえがる のは のうの しとごです。

なんなとく ですが

じゅんばん が ちがてっも よめゃちう でしょう?

もじの じんばゅん が ぜぜんん ちがのうです。

==================

僕らは文字は、無意識で、ゲシュタルトで読むのです。

脳といってもいいですね。脳の機能です。
抽象群化です。はい、簡単にいえば抽象化ですね。

 

さて、計算するのは?

 

ご名答。
無意識です。

 

最初に示した「何でゴール設定に躊躇するのかな?」という質問ですが。

その答えや原因を探る(脳に探らせる)よりも、逆向きがいいのです。

 

つまり、Spiral Galaxy Milky Wayゴールに焦点を当てて行くのがコツです。

まさ^^/

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