オンライン気功クラス感想:「視覚化を卒業すると見える風景」の動画は、生々しく親密に感じられました。

  • コメントは受け付けていません。

この記事は4分で読めます

ハリーの特別列車の参加者からのフィードバックと僕の返信のコピーです。
大いに参考になることが、たくさんあります。
ここからです。
フィードバックありがとうございます。
僕もヒントをたくさんいただきました。
それぞれが響き合うのっていいですね。
メロディーワールドのイメージです。
まさ^^
以下、コメントも。

================================

北海道の遠隔気功 まさワークス
高田 大 Masahiro, Takada
メール : info@masaworks4u.net
アメブロ : http://ameblo.jp/masaworks4u/
================================

(引用開始)

まささま
◯◯です。
動画、実は1回見るだけでせいいっぱいだったのですが、9日のブログで引用されていた方のフィードバック
を読んで、やっぱり見直さなければなーと思いました。
 
>はい、皆さん約1回です。時間的にも仕方ないですね。
>そして、まあ、十分ですが、、、。
>これは、、、というのはそれぞれだと思うので、マークしておくと便利ですね。
臨場感の肉付けをもった体験(疑似体験であっても)を、自前で「抽象化」して初めて自由に自分で「具体化」できるようになるのかな、と。
という言葉もせまりました。
>おお!素晴しいですね。そういう響いた言葉はすぐに使う事です。
>人に言う機会がなくっても、フィードバックでも、メモでも、匿名の秘密ブログを作ってでもね。
>アウトプットして、捨てるイメージです。情報は代謝させましょう。淀ませないことです。情報空間でも「動的平衡」を崩さないことです。
気の流れのようですね。
「視覚化を卒業すると見える風景」の動画は、生々しく親密に感じられました。
たしかに、全身の筋肉のLUBにピンチアウトをかけてみたら思いがけず自分のどこがどれだけ固まっているかということが分かります。
全身の関節のLUBでよく感じ取れなかったのは、まさにそこの知識が足りないからだということも分かりました。
センサー+視覚化+臨場感 2.0をかけると、とにかく体が重く、がくんとなり、息が深くなりました。
ああいう、ビデオって僕はインプロです。(カリキュラムとしてのビデオとは違うタイプということです。)
即興という意味です。
ビデオ押すときも、テーマの「単語」以外は、何も考えていないのです。
ビデオの向こうにというのか、別のレイヤーで参加者と一緒にいたり、一人になったりしています。
だから、あのビデオにも「ん?死んだ?」「youtubeフリーズ?」(笑)っていうくらい、長いストップモーションあるでしょう?あそこが問題です。
あの時に、アルゴリズムが走っています。ああいう時、そして話しだす瞬間に僕の脳裏には光が駆け巡っています。
「全身の筋肉のLUBにピンチアウト」ってすごいでしょう?あれは、ミスチル風に言えば、「名もなき技」の一つですね。
遠隔セッションでは、当たり前にやります。
もっと秘密がたくさんあるのですが、、、また今度にしますね。
「フルーツボール伝授」の動画を見る前の日(このメールが届く前日)に、急にブドウと豆腐が大好きになりました。あれ?フルーツボールをちゃんと感じ取れていたのかも→自分は24時間気功を使えていないんじゃないかと思っていたけれど、気自体はちゃんとONになっているのではないか→フィードバックのとり方をもっと改善すべきなんじゃないか。と思いました。
そうですよ。私たちは、情報空間に住んでいますよ。常にonはonです。
でも、やはり意図して加速しようぜということです。
並列にバンバンやってください。一日144時間で、初めはね。シリアルの6倍速(10分で1時間の体感です。余裕ですよね。)、パラレルの6ライン並行、、、。これで、1日の体感時間は884時間です。
36倍生きる事ができますけど、、、。僕の5年間は30年前の感じなのでその辺は6倍の感覚ですね。まあ、いろいろですけど。(全部、表現に過ぎませんが。)
常に止観するという方法でのフィードバック、もっとゴールへ向かうトリガーとするために五感を使って自由なやり方で刻みつけるという方法でのフィードバック。解読不可能なほどのメモや絵こそ大事と思いました。
そうですね。気がついていましたね。さすがです。
それが、止観なのです。(というと誤解されやすいですが、、、)
まさワークスで耳タコで出てくる。「遠い遠い理想の未来を見つめながら」という感覚です。
座標軸は常に自分軸です。そして、量子ゆらぎではないですが、毎日ぶれるし、複数あるのです。
しかし、抽象度をあげれば、混沌としているかのようなその軸の膨大な相関パラメータそこには小さな秩序がパッと浮かんでは消えているのが見えます。
まるで、量子がちょっとした自由意志を持っているかのように、信じられないようなパタンが時に大きなうねりに変わりますね。(単なる比喩です。)
しかし、常に自由意志のゴールは重要なのです。ラベリングしかり、止観もしかりですがゴールがなければ、周りに流されてしまうだけです。
流れから逃れようとするだけでは、自由意志ではなくただの生物学的な本能、反応なのです。
脳の中でアルゴリズムが走っているといえばちょっと高級そうですが、金魚が水流に逆らって泳ぐ事や、カラスが捕まりそうになるぎりぎり前にひょいと逃げて行くのと変わりません。
カラスが頭が良いという人がいますが、、、その人から見たらという意味では大いに納得です。(冗談です。)
最近気付いたのは、唇をさわるとか頭をかくとか、自分の癖だと思っていたものは、実は長年ひきずるものというより、1週間単位くらいでもころころ変わるんだなということです。違うことを考え出せば古い癖はあっけなく消滅する。ホメオシタシスで行き詰まったら、素材を少しずらしたものをばんばん脳につめこむことは、やっぱり強い味方になるんだということ、納得しました。
そうですね。数十億年というタイムラインを考えたり、フラクタルの動画を見てパラダイムがインストールされると、影響はすかさず全抽象度にまたがって起こりますね。
メロディーラインを自分のなかでよく跳ねさせたりしています。それで過去の断片をふいに思い出すことがかなり増えたのかもしれません。未来の臨場感も感じ取れているのかもしれません。と期待しつつ。

ありがとうございました。

メロディーラインが自分の中で跳ねるというのはスゴいですね。楽しそうです。
しかも、跳ねさせるということは、既にこちらから操作していますね。ワオ。
実は、空間的に(視覚的に)動かすのは、苦手に思う人が多いので、
僕はいつも音楽やニオイの事を言うのです。
そして、音楽だと本人は受け身の感覚でも、実は曲は自分が演奏(再生)しているのです。
(気がつかずにね。)
それを、さらにご丁寧に跳ねさせたりというのは脱帽です。
その感覚を是非詳しく聞きたいところです。
anyway you likeですね。
まさ^^/
  • 2013 10.10
  • コメントは受け付けていません。
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事