『かぎかっこ』と「水曜どうでしょう」とマトリョーシカの風景

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秀逸です。
正座して読みました(笑)。
まずは、読んでみて下さい。
(引用開始)
まささんこんにちは
今朝、脳内で愚痴のような言い訳が自動的に生じていたのですが、
それがひとつひとつカッコ「」の中に入っていて、自分の視点はたくさんの「」を俯瞰して見つめていました
そういう俯瞰視点をさらに「」に入れていることに気づいて、
これは面白い、気功技術にならないかしら、なるとしたらトリガーは指で「」の形を作って・・・
などと妄想が膨らんだのですが、さきほどブログ記事を見て
これも「クリアー」の効果そのものだったようだと思いました。
企画参加時に設定したゴールの達成度数値評価は100点満点で
昨日40、今日ここまで50ぐらいですが、
それはそれとしてカッコに入れておいて
得意なところから順にアプローチですね。
(掲載OKです。以後も、特に断らない限り、掲載OKです。)
(引用終了)
素晴らしいです。
まだ、気功技術をお渡ししただけなので、セッションとしては明日の6/1(土)23:00-24:00迄行います。
止観のイメージは、マトリョーシカやフラクタクルなイメージです。
抽象度を上げていく感じですね。
ちなみに「水曜どうでしょう?」という北海道でもう十数年前からやっている大泉洋の、非常に安い予算でつくった地方局の番組があります。
この番組は、再放送が全国各地で行われて、しまいにはこの番組の作り方が各地方局に飛び火しています。
何故か面白い。僕は最近になって少しyoutubeで研究の為にみたりする。
長いので、少し後に添付しますが、、、先に音声だけつけといても、いいかもしれない。
この番組は、いわゆるマトリョーシカ構造なのだ。フラクタクルね。
マトリョーシカとはロシアの人形ですね。ふたをあけると小さい人形が中にいくつも入っている構造ですね。
いわゆる入れ子構造です。
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「水曜どうでしょう」は、そのロケ地の環境があって、その地元の人たちを旅行者というのか番組の出演者が絡んでいる、さらにその様子を出演者以外のスタッフがカメラで撮影しながら声も出しながら外側からみて、そして絡んでいるのだ。
さらにさらに、その様子をテレビの箱の外から視聴者が眺めているという、ある意味身も蓋もない究極の入れ子構造なのです。
結局、どうして面白いのか ──「水曜どうでしょう」のしくみ/フィルムアート社

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『「水曜どうでしょう」はレギュラー放送は2002年9月に終了したが、再放送である『どうでしょうリターンズ』・『水曜どうでしょうClassic』(水曜どうでしょうシリーズ参照)、そしておよそ数年に1回のペースで『水曜どうでしょう』自体の新作が現在でも順次放送されている。
また、番組を再構成・再編集したDVD『水曜どうでしょうDVD全集』も発売されている。』以上はwikiより引用
この回などは、スーパーカブ(これ名物)がベトナムを延々と走るだけです。トランシーバーとこのキャプションが特徴です。ハプニングだらけの番組だが、深夜放送としては結構面白い(らしい)
水曜どうでしょう – 原付ベトナム縦断 ハノイホチミン1800キロ 第2夜

さて、このかぎかっこの中のかぎかっこの中の、、、というゲシュタルトの階層をきちんと観る事ができれば、絶対的な自我などないということに、そして逆に仮に自我と呼べる者など無数にあることに気がつく。
抽象度をしっかりあげて、すべて頭の中で普段から行われていることであると俯瞰する事である。
全ては単なる情報であり、分子生物学の抽象度からみれば化学反応である。
絶対の自我などないというのは、こういうことをいう。
敢えて言えば、単純に「神様が100で、私たちはゼロ」という意味の「無私」ではない。
どのような宗教だろうが、一般に落ち着いていると言われる主流派に属するような宗派においても、それぞれの、牧師や僧侶があまりに抽象度が低いと、そのお寺なり教会なりは本当に目も当てられない幼稚なオカルト集団となる。
まあ、部長とか中間管理職というよりも、大企業の課長や係長のようなものだ。(読み方はガチョウ)、個人的な浅い解釈で相当ずれていることを信じて、部下からも見透かされているのに本人達は気がついていないので、ガアガアうるさいだけ。
少なからず、そういう人間はいると思う。自分が気がつかないと、大抵は、ずっと気がつかないことが多い。
直接指摘されても、言葉の定義が違いすぎて分からないのだ。
「わかりました」と言っても、悲しい事に分かっていない。「分かった」つもりとは、悲しい事でもある。
もちろん、僕自身、まだまだ抽象度どころか知識などないに等しい事は分かっている。
それを知って、さらに開き直る事なく(^^;;)、学んで行きたいと思う。
現在、準備中の講座は、抽象度の低いところから高いところ(せいぜい僕の高さまでと、その上があるよとぼんやりと方角を指し示すことしか出来ないが)の階段を用意したいと思う。
気功技術とは「新しい脳の使い方」です。
2年、3年前の僕と同じところにいる方もたくさんいると思います。
彼らにも、そして今のまさワークスのブログを読んでくれているあなたにももちろん僕と同じ地平まではすぐに見える様になると思うのです。
違うブログ記事では、誤解されない様に「気功をやっても幸せになどなれないから、幸せになるために気功をするなら止めたら?」などと、言う事もあります。
その真意は、僕のブログを2-3ヶ月分でも読めば理解ができることだと思うからです。(しかし、、、大量であることは確かです。そこも反省しています。お前のブログなど100記事も読む奴がいるか!!^^;;ってね、、、。)
しかし、せめてそれくらいは読んで下さいね。
どの位幸せになりたいのか、幸せってなにをさすのかが問題ですね。
最後に、「かぎかっこ」いいですね。そのまま気功技術になりますね。「クリアー」で止観したり、抽象度をあげるためのトリガーですね。
トリガーをつけ直して、ゴーストバスター企画参加者に再伝授しました。
どんなことが起きても、自分の抽象度をあげる、スコトーマをはずす、ゴールの為の道具として使う!ですね。
愚痴を言った自我を、かぎかっこに入れて、抽象度をあげて下さい。
さすがです!
まさ^^/

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