人間やその他の生命活動なんて、単なる『蚊柱のようなもの』

私たちの世界は、私たちが経験し獲得した知識と抽象度で作られたゲシュタルトを強化、反映した写像そのものです。

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(引用開始)

まささま

こんばんわ。

散逸構造というのを調べると、一定の入力があるときにだけ、その構造を維持するもの…とありました。

まささんがよく、例に出されるコーヒーにミルクを垂らしている状態のことですね。

今回、自分のなかで臨場感が高まったのは、人間やその他の生命活動なんて、単なる『蚊柱のようなもの』だということでした。
たまたま寄り集まって、密度が濃くなっただけの…。もともと、内も外もないのですよね。


例としてはコーヒーにミルクと同じなのですが、何故だか、抜粋して下さった福岡伸一さんの文章と、まささんの表現で合点がいったという感じです。

動画で、ヒーリングを受ける側の人も、同時にヒーラーであるということも、その理論でいくと、理解がし易くなります。

カップの中のコーヒーは常に開放されている状態が本来の状態だから、ヒーリングを受ける側も、常に自分を揺らがす条件として、ゴールや知識が必要になってくる…。

ヒーリングをするひとは、自分がいかに相手をリードできるか…抽象度を高めることも大事だけれど、相手の状態や、状況にあわせて、ときには自在に下げることも必要なのは、
ヒーリングを受けるひとと臨場感を共有することで、相手のRをゆらがすこと、相手に気づかせることがヒーリングにとって第一義だから…。

対面だと、揺らがすときに言葉を使ったり、実際に肌に触れたりもする。遠隔で揺らがすときには、遠隔時の臨場感を高めることがひとつの方法でもあったのですね。

参考文献はまだ読めていないのですが、この動画と文章を読んでヒーリングをしてみると、固体のイメージが強かった気の玉を、もっと自由に捉え直すことが出来ました。

遠隔中に、もっと気の玉って勝手に大きくなってもいいんだ、とか、いつもきれいに丸くなくていいんだ、とか、ほんとに基本的なことに改めて気づいた感じです。

そうすると、気の玉を触る手も、自然と柔らかくなり、感じ取ろうとしてきます。
気の玉にはさらにその奥も、外もあって、もっとその先に続いてるものを、遠くから「ひら」くと、わたしの身体も一瞬で緩みました。
気功技術も、闇雲にかけたり、伝授するのではなくて、もっとじっくり、身体の声を聴いて、少しづつ試す、その順番を吟味することも少しできるようになりました。

これまでは、出来てるのか出来てないのか、
確認したり、吟味したりすること自体がなんだか怖かった
のです。
いま、どのくらいの抽象度なのかとか、どのくらい高いとか、低いとかは厳密にはわからないけど、とにかくそれらを行き来することは大事なのだということは少しわかってきました。
それと、骨伝導についてですが、普段、わたしたちは空気の振動が外耳、中耳を経て内耳のセンサーに届く気導音と、頭蓋骨の振動が直接、内耳センサーに届く骨導音を同時に聴いているのだとさっき読みました。

あの、おかきを食べるときに聴こえるダイナミックな音が、自分しか聴こえない(自分以外の人が聴くと、ちょっと違った音に聴こえる)というのは、この骨導音のせいなのですね。

それが気功技術『セブンティーン』のトリガーになっているということでしたが、続きが楽しみで、早く動画を見たいです。
蛇足ですが、村上春樹さんの「1Q84」入院中に友人が持ってきてくれて、退院した今も読んでます。
今、文庫本の4巻ですが、世界のどこからどこまでが、どのような繋がり方をしていて、どこでどのように変化が起っているのかわからないというか、確かに巧みに描かれています。
(関西弁でいうと、「けったい」です)

関西人から観ると、村上春樹さんの文体や、その奥にあるものは、とても関西的です。一見、そういうふうには見えないのですが…

分からない単語は調べたり、村上春樹さんは比喩も巧みだから、その喩えを真剣に想像しながら読んだりしていると、時間はかかるけど、いろんな仕掛けがしてあって、一見退屈なその奥に、広々として息がつけるスペースがきちんと用意してあり、実際的には、至れり尽くせりという感じです。

いつも、なんでも好きなわけではないけれど、私にとっては、ときどき手にとって、その世界観に触れる必要のある作家さんです。
長くなりましたが、この辺で失礼します。
今夜はありがとうございました。

(引用終了)

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