「不安なんです。悩んでいます。私は一体、どうしたらいいでしょうか?」
「不安なんです。悩んでいます。私は一体、どうしたらいいでしょうか?」
と先日たまたま隣り合わせた初対面の人に相談なのかただ言ってるだけなのか、ともかく一応質問された。
「(具体的に)どうすれば?(結果は)どうなる?」僕には(も)正解はない質問だ。
有償のクライアント以外、原則的に僕は答えない。
大きなお世話だからだ。(本当に、、、家族に聞けばわかるが、「親身w」になればなるほど、押し付けがましく口うるさくなるだけだwww)
「冷たい」との良く言われるが(まあ、直接はあまり聞かない)、そういうつもりは一切ないのだが、、、。
敢えて言えば「あなたの好きにすれば良い」しか答えようがない。しかしそれがベストアンサーだと思っている。
ぼくも好きなことばかりしている。
ちなみに有償のクライアントへの返事は少し丁寧だ。
「あなたの人生において結果に拘らず、あなたがすることを、自分自身で選択できることが一番大切なことですよ。」
まあ、言ってることは変わりません。(笑)
悩みは無用だし、無駄でしかない。
悩みが2者択一ならコインをフリップして、6つ以下ならサイコロを、36もあるならサイコロを2回振れば事は足りるはずだ。まあ3個で216通りの選択も10秒あればいいだろう。
(ちなみに6つもあると46,656通りなので、ドームの指定席を選ぶとき等以外はかえって邪魔だと思う)
かといって、、、この考えに賛同しかねるのならば悩む時間に生命時間の殆どを費やすのも贅沢だからそれも良いのかもしれない。
(花びらを一枚一枚「好き、嫌い、好き、嫌い、、、。」と永遠に抜き続ける方式ね。これも、2者択一なのだがw)
或いはいっそ、「全てのことにイエスと言えば、人生は好転する!」をプリンシプルとして生きたらよいと思う。
映画イエスマン”YES”は人生のパスワードのジムキャリーのように。
(まさワークスは多分NO!が多いことで有名なのだろうが、、、。数日後には、豹変してこのフレームを試しに採用してみようかと考えているwww。)
ランダム関数を採用するのだ。そう決めたのは自分ならばそれでいいと思う。
人生を生きたいならば、自分の意思であるいはくじでどうするのかを決めれば良いのだ。
自己責任はどのみち自分にかかってくる。
結局、人生の行き先は皆同じなのだから 「好きにすれば良い」し、その方がよい。
嬉々として選べばいいのだ。
その瞬間に(つまりそれまでもという意味でだが)あなたはあなたの人生の支配者であったことに気がつくはずだ。
『私は、わたしの臨場感空間の支配者である。
したがって、わたしが出会う全ての人の選択は、わたしの思い通りになることに気づいている。
私は、自分の考えにもとづいて人々を啓蒙し、教え導くという崇高な使命に誇りと充実感を覚えている。』
(2014年版苫米地手帳、Affirmation09)