頭の中に巨大な本棚のようなものが出現し、無限に拡大していきました。

並列脳の仕組み、抽象度があがる感覚などを思考していたときに出来たプログラムを用いて遠隔をしました。

今回は23時の遠隔開始に対して、プログラムを組んだのは2ー3時間前です。

フィードバックを頂きました。

是非シェアしましょう。

ありがとうございます。

(引用開始)

まさ様

おはようございます!
ハーミーです。

昨晩も遠隔をありがとうございました。

開始少し前から頭の中に巨大な本棚のようなものが出現し、無限に拡大していきました。

ゴールを思い浮かべながら受けたました。寝ている間に小人達が作業してくれる…じゃないですが、24時間ずっと、遠ざかるゴールに向けて計算し続けていく「感覚」を味わいました。

「リフレクション」を受けたときからずっと、宇宙も拡大していく感覚があります。

安心感とハイエフィカシーです。

配信される動画も、なるべくすぐに視聴しています。

「とにかくまずは観る」という感じです。

そうするとふとした瞬間に「あ、あれって、このことかな?」と気づきます。

学ぶことは純粋に楽しいですね(^-^)

(引用終了)

この方のフィードバックの感覚は、ほぼほぼ僕が感じているアルゴリズムの風景と同じように思われます。

今度また、説明します。

「未完といってもミカンじゃない」というのは、ミスチルのlivefilmの桜井さんのトークと同じ台詞でしたが、、、。

このliveでは抽象度の階段って、上るとき(瞬間)もやはりフワッと持ち上げられたかのような感覚なんだということを伝えたかったのです。

ゴールには強力な引力「のようなもの」があります。自然のホメオスタシスを上手に利用せよですね。

それは、モチベーションとかやる気があったなどと感想をもつものかもしれません。

今まで与えられてきた価値観のなかで、幸せだとか不幸だとか当てはめてきて安心してきた方には、「自燈明 自帰依」なんて言われても急に不安を感じるのかもしれません。

しかし、その逆の風景を感じてみれば、すぐにわかると思うのです。

他者の言葉、周囲の評価、「大丈夫だよ」なんていう言葉で安心していたって、それも幻想、、、虚しいだけです。(私見ですが)

それもまた、自分が受け入れて、自分で作ってきた安心感でしょうが、、、その状態から早々に抜け出して、自分の足でまっすぐにたって歩き出すことを選ぶことこそ、爽快です。

ミスチルの歌詞を切り取って言えば、「足音~Be strong」のなかで「失敗なんかしたっていい」という部分など僕は抽象度をあげた視点から、自分で選んだことのほうが結果より大切だという風に受け取っています。

「Reflection」という恐らく次のアルバムタイトルにもなるだろう言葉に、今回のlivefilmの背後に走る風景を感じ取っています。

かつて僕は、マザーテレサの「私は、あなた方一人ひとりを愛することはできません。しかし、あなた方一人ひとりの中にいるイエス一人を愛しているのです。」

という言葉の中にある「 あなた方一人ひとりの中にいるイエス 」を、「現在過去未来全ての人類のLUBただ一人」と読み替えたようにです。

タイトルのReflectionは、「関係性」に読み替えています。仏教用語で言えば「縁起」ですよね。

「変わらないものがあるとすれば、全てが変わっていくということじゃないか」という「未完」というまあ、ほぼラストに演奏したこの曲に歌詞につながっていきます。

芥川龍之介の作品と同じタイトルの「蜘蛛の糸」という、美しい曲調の「妖しく危うい大人の恋愛」をメタファにした曲も縁起、関係性、Reflectionの風景のなかで、自分のゴールを選ぶ様と捉えられます。

彼のアインシュタイン博士からも「恋には自分で落ちるもの」と教えられます。

縁起とは、かなり偶然の要素がはたらくランダムな関係性のネットワークです。

カオスとは、複雑で計算量のオーダーが桁違いでまさに(トートロジーですが)カオス=混沌そのものですが、、、

知識を吸収して抽象度をあげて俯瞰することによって、ある程度のパタンを見ることは可能ですと苫米地博士は説きます。

閑話休題。

恋の対象は、抽象度をあげてみれば自分自身のゴールでも同じです。

自分自身のゴールを日々更新して遠くを見ることです。

まさ^’^/

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