もしそれも出来ぬならば、ゴールへの行為全ての結果を捨てよ。
月定額の個人セッション遠隔のクライアントさんとの僕の返信メールより、昨日の遠隔セッション時に使用したゴールついての僕なりの解釈を引用掲載します。
もしこの文章を僕があなた自身に書いたものだという臨場感があれば、それはあなたのものとなり、またその考えが外へ出て行くでしょう。
(引用開始)
ゴールに知性を集中するならば、ゴールの世界の住人となる。
それが出来ぬならばゴールのための行為に専念せよ。
もしそれも出来ぬならば、ゴールへの行為全ての結果を捨てよ。結果の捨離とは機能に徹する小さな小人または機械になることである。
知識・知性は、常修に先立ち、瞑想・思考は知識より優れ、行為の結果の捨離は瞑想より優れている。
捨離により直ちに寂静がある。
ヒンドゥーの聖典中の聖典、バガヴァッド・ギーターのまさワークスによるファンクション主義とのLUB要約解釈です。
(はい。)
ゴールは宗教のようにアプリオリや完全情報もない我々が「ゴールという「社会に機能するための」」機能を果たすために、結果に執着せずその行為に徹することかと思います。
昨日の遠隔はこのバガヴァッドギータからヒントを得て降りてきたものです。
決してオリジナルではなく、少ないビット数のしるしから、実は、
まさワークス特別講義ψ(`∇´)ψ
(引用終了)
補足します。ゴール設定とは、ゴール更新を含みます。(重要です。)さらに言えばゴールの更新とは古いゴール古い考えの破棄を含みます。)
かなり偉そうに「特別講義Ψ」とぶっています。(汗が噴き出しますが数分前とはいえもう別人です。)(笑)
遠隔の内容や実況については、ハリーの特別列車(全車両にも流します)とゴール設定講座(気功なんて関係あるのか?w)でもお話ししますね。
本当はこれだけでもかなりの価値があると思います。
ゲシュタルト伝授も含めます。ψ(`∇´)ψ
面白いと思います。僕が今見えた風景を渡したいと思います。それが「執着せずに機能に徹する」今回の学びであると感じています。(こんなのは、後付けですけどねw)
やっとまさワークスが僕を離れて、なにか「人格化」して機能しはじめる様な気がします。
まさψ(`∇´)ψ